貴方は平成15年12月27日以降の
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自剛天真流抜刀術について

自剛天真流:“じごうてんしんりゅう”と読みます)
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自剛天真流は代々、筑前福岡藩五十二万石に門外不出の御留流として伝えられた武術である。
創流時はすべてのものを武器として使用する綜合武術であったが、現代では柔術、
抜刀術だけが伝えられている。
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福岡藩にて、自剛天真流は柳生新影流、安倍立に次ぐ第三流に位置付けられていた。
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抜刀術、柔術の他には相手の力を利用した技や護身術、逮捕術などがあった。
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流祖・藤田長助麓憲貞は、
楊心流、
笠原流、
柳生石舟斎宗巌から免許皆伝を許された高弟 福野七郎右衛門正勝が開祖の良移心当流の三つの流派の免許皆伝を得た後、
自ら工夫を重ねて、麓天真流とし一流を開いた。
後に為勢自得天真流と名乗った。
自剛天真流となったのは、9代庄林藤原道一の時。
従って、自剛天真流の剣風は柳生新影流の影響を強く受け継いでいる。
左の写真は宗家川崎先生による「初本目 流水の剣」抜きつけの瞬間です。
上の題字は石田 憲実氏書
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●現在の自剛天真流抜刀術宗家への系統は次のようになっている
- 【為勢自得天眞流】藤田 長助麓憲貞
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- 【自剛天眞流流祖】庄林 藤原 道一
- 庄林 又七郎
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- 庄林 籐橘
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- 坪田 必義勝
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- 吉田 繁次郎
- 渡辺 久太郎覇城(雄武館道場)
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- 永翁 元太郎(雄武館道場)
渡辺久太郎覇城は自剛天真流抜刀術と柳生新影流の両方を教えていたが、柳生新影流は蒲池源三郎鎮浪に分かれて現在に至っている。
日本古武道振興会が昭和11年に九州地方古武道型大会の折に箱崎神社に奉納した絵馬に自剛天真流”渡邊久太郎”の名前がある。
他には楊心流、大森流、長谷川英信流、二天一流、示現流、双水執流、伯耆流、根岸流、念流、新陰流、香取神刀流、
直真陰流、真陰流、眞蔭流、天道流、大和流、小野派一刀流、古流、四天流、中和流、福岡県知事、福岡日日新聞社、
國井道之(注)といった流派及びお名前を見ることが出来る。
注:國井道之(善哉)、鹿島神流第18代宗家
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逆に、自剛天真流柔術は別な道場で残っており、福岡市の無形文化財に指定されている。其方は以前は自剛天真流の柔術を主体に抜刀術も教えていたが、
柔道が盛んになるにつれ抜刀術は教えなくなっている。
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